イノッチの鉄道模型ブログ

日常生活の中のトピックスを気ままに書きます。鉄道模型製作や畑作業が中心です。
これまで製作した鉄道模型作品は、ホームページ「イノッチの鉄道模型」inoyoshio.jimdo.comに載せていますので、こちらもよかったらみてください。

後祭り(祇園祭)で気持ちリフレッシュ

やはりブログUPが1カ月経ってしまいました。毎日妻の世話(認知症)に明け暮れていますが、「たまには好きなとこ行って来たら?」と子供たちのバックアップで1泊2日で祇園祭に行ってきました。7月23,24日の「後(あと)祭り」見学ツアーで、会社のOB会が企画したもので、32名の参加がありました。


・23日(土)午後から「金閣寺」と「青龍殿と大舞台」の見学
・24日(日)9:30から山鉾巡行見学 です。


23日の史跡巡りは後述して、24日の山鉾巡行を記載します。はるか向こうに後祭りのトップを切る「橋弁慶山」が見えます。御池通の両側に観覧席が白い幕で仕切られて、パイプ椅子がズラッと並べられていています。私の席は前から2番目の端だったので、横から自由に行き来でき写真を自由に撮れました。


上2枚の写真は「前(さき)祭り」23基、「後(あと)祭り」11基の位置です。昔から前後2回の巡行でしたが、56年前に前祭りに統合され、8年前から昔の前後2回の巡行に戻りました。


トップの「橋弁慶山」が来ました。11基それぞれの歴史をツアーガイドが各自に配られた受信機から紹介してくれて よくわかります。


10番目に来たのが「鷹(たか)山」で、ひときわ目を引く大きな鉾で196年ぶりの巡行復活です。垂直に立っている松が振動や風で揺れています。「根元から倒れないかなあ」と心配でしたが、前日の町内散策の折に内部を観察していたので良かったです。


前日に撮った内部(4つの車輪に囲まれた内部)です。一切クギを使わず縄だけで組み立てていますが、縄が何重にも巻かれてその巾に圧倒されました。屋根から突き出た高い松は写真からわかるように、太い「心柱」が車輪の位置まできていて、それが厚い横棒に何重も縄で固定されていて、心柱が松をしっかり受けているのがわかりました。


巡行の最後は「大船鉾(おおふねほこ)」です。


最後らしく、鉾の引き手もきれいにそろっていて、これで約1時間の後祭り巡行が終わりました。辻回しも実際見たかったけれど‥。


時間は前後しますが、前日の夕方、各町内をぶらぶらしました。ビルに挟まれて旧家にはその家の「宝(伝統品)」「佇まい」など祭りにかける愛情とアピールを感じました。その一端を紹介します。



祇園祭を見に来たのは2回目です。前回は15年ほど前、親友と気ままにぶらつきました。今回はツアーなので詳細な資料と同行のガイドでより楽しく"学べ"ました。


さて、ツアーの第1日目は「金閣寺」と「青龍殿と大舞台」の見学です。
金閣寺は3~4回目ですが、定番の写真スポットというより違った角度からのものをカメラに収めました。


定番スポットには相変わらず多くの客がいます。ガイドによると、「きょうは少なくてよかったです。」


いままで気が付かなかった、屋根の中央に乗った「鳳凰」です。


池を前にした金閣を横から撮りました。


後方からです。


見学順路の最後に、惜しむかのように金閣が見えました。


ツアー客32名のうち、一人での参加は私ともう一人。あとはいずれも夫婦でした。バスの運転手の後ろの席が一つ空いていたのですわったのだが、必然的に一人同士の組合せになったわけです。席からはご覧の通り前方がよく見え、隣りの方とも打ち解けて、夕方の散策や夕食もホテル近くの高級料亭!ではなく、食事処がんこ で楽しく過ごせました。


鴨川が支流と合流する三角地帯(上賀茂、下賀茂神社)を左に見て、


平安神宮の前も通過。


バスは「青龍殿(せいりゅうでん」に着きました。大正天皇の即位記念として建てられ、のち警察の柔道剣道の道場となった木造大建造物です、とガイドさん。


ここの"売り"は京都市内を一望できる「大舞台」があることです。写真の先に行ってみると、


清水寺の舞台の4,6倍の広さがある舞台に出ました。


京都市内をよく知っている人には楽しいところでしょうね。


3人の子供たちの協力で、気ままな一人旅が満喫できました。4人でグループ化したLINEには、家の様子を知らせるピンポーンがよく鳴っていました。今回はありがとね~。

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