イノッチの鉄道模型ブログ

日常生活の中のトピックスを気ままに書きます。鉄道模型製作や畑作業が中心です。
これまで製作した鉄道模型作品は、ホームページ「イノッチの鉄道模型」inoyoshio.jimdo.comに載せていますので、こちらもよかったらみてください。

最後のツメと市民展搬入へ

A地区(江戸川、矢切の渡し)
B地区(一面の畑、小川)
C地区(農家群、文学碑)。
この3つのエリアを並べるとジオラマテーマ「矢切の渡しを行く」の完成です。C地区の最後のツメをします。


これは農家の前庭付近です。写真の上方に文学碑の丘をセットし、前庭にもう少し雑草や樹木を生やし、道に自販機を置いたりしていきます。


大八車、樹木、自販機をそれぞれ置きました。


文学碑のある丘も農家の裏手にセットし、そのつなぎ部分も草むらなどで覆いました。


文学碑への道がつながったことで、道標も設けました。


背景に山並み写真を置いて、 文学碑に向かう目線で撮って不要部分をトリミングしてみました。なかなかいい構図になりました。C地区の完成です。


完成したC地区にB地区をつなげました。


つづいてA地区もつなげてみました。常磐線が3地区を俯瞰しています。最後に この情景にふさわしい車両を選びたいのですが、手持ちも少なく、このオレンジの電車1両がマッチしているとして決定。


つづけて箕面市民展への段取りです。説明文を作って江戸川の川面に貼り付けたあと、


各モジュールを積み上げて搬入します。ジオラマはホコリが大敵なので、各モジュール完成後、ダンボールで上からかぶせていました。搬入の直前、一番上のダンボールをつくり終え、滑り込みセーフで本日搬入完了。やれやれ、お疲れさまでした。10月に入り、~22日までに8回もブログアップするなんて、この記録はまず破れないと確信しています。

いよいよ文学碑広場の製作

今年スタートしたジオラマ「矢切の渡しを行く」も大詰め、最後の文学碑広場にかかります。まず 碑文の書かれた石板を支える土台を作り、広場を作って設置していきます。


文学碑全体が完成。なかなか落ち着いた感じになりました。


文学碑を置く場所を芝生にしました。


先に作った「畑を見下ろせる広場」と、今回の「文学碑広場」をつなぐ橋がこれです。既成の手すりを2つ使い、底面(バルサ材)に立てました。


2つの広場に架けたところです。橋を渡った先に飛び石を敷いて、文学碑の方向へ向かうようにしました。


文学碑を芝生にセットし、横に石を2つ置いて、芝生のまわりを草むらで囲んでいます。


更に、芝生に入らないように 杭を立ててロープで繋いでいます。文学碑を紹介する説明ボードも設置しました(写真左側)。


搬入のタイムリミットが迫る中で、スピードアップのため 残ったスペースは樹木で覆うことにしたので、その地面に雑草を生やしています。


文学碑の説明ボードの脇に、長めの簡易休憩ベンチを設けました。その後ろは草むらにして1つだけアクセントの紫色の花も咲いています(備品入れにあったものですが 場違いかな?)。


最後に空きスペースに樹木を立てて、


小高い丘全体が完了しました。やれやれと出来栄えを確認していたところ、また ちょっと気付いたことがありました。文学碑を囲む杭の高さです。約10mmあります。換算して1.5m相当になり、目の高さまである杭なんて実際あるかなあ‥‥ということで、杭の高さを低くすることにしました。


地面に接着して半日以上経っており、抜くことは不可能。ニッパで強引にカットし、高さを半分の約5mmにしました。フィギュアを置いても違和感なしになりました。


小高い丘のユニットを農家群のヨコのスペースにセットしていきます。最終段階です。

畑を見下ろす広場と文学碑

坂道を道なりに上がっていくと、すぐ左に階段があり その上は畑が見下ろせる広場になっています。その広場を作ります。


階段と「文学碑」の道標です。実際の現地取材ではコンクリート製階段でしたが、当時の雰囲気を出しました。道標はジオラマ的にしました。


広場に2つのベンチと灰皿、それに電灯を設置しました。


できあがった広場です。写真の左上方向に畑が見下ろせるように、この部分の樹木はないようにしています。
つぎは、坂道をはさんだ写真左側の平地に文学碑広場を作っていきますが、主題の「文学碑」本体をまずはじっくり作りました。


「文学碑」の現地写真です(既載)。石碑の配色を考えるに、濃い灰色の石板に白文字という組み合わせはパソコンでも作れますが、当プリンターは白黒のレーザープリンターで、なかなかこの色は出しにくいと思い、石板と文字の配色を反対にして、明るい色の石板に黒文字と決めました。ちょっと趣はないけど‥。


ジオラマ上の碑文は小さくて読めないので この部分は黒点で綴り、表題と後書きだけ文字化して、こんな感じになりました。石板本体は2mm厚バルサ材で、表面を紙で覆っています。紙の上に透明のメンディングテープを貼っています。しかし写真をみた瞬間、叫びました。「文学碑」というより、昔の「鉱石ラジオ」ではないか!! 遠目で見たらそうでもないが、ここは大事なテーマの中心部分でもあり、文字も実際の文章で作ろうと再トライ。


「僕の家といふは‥」で始まる伊藤佐千夫の碑文を可能な限り載せました。石板は「御影石」を勝手に想定しています。